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日記

文字という手段は案外万能だった話てみたい



みなさんこんにちは。盲目のマルチプレイヤー直也です。
前回の生地で、障がいがあってできないことは工夫すればできるようになるということを書きました。
それでも、よくよく考えると今だに自分が視覚障害者であるがゆえにできなかtったことがありました。今回はその話をしたいとおもいます。

みんなが描いた絵を見たい

わたしの知り合いは多種多様な人がいます。視覚障害関係、声優関係、ライターさん。ほんと、お前誰?て思われるぐらい、いろいろな知り合いがいるんです。
そのなかで、デザイナーさんや、絵を描くのが趣味な人がいます。そこで思ってしまった。現段階で、知り合いが描いた絵をぼくが確認する手段はない。もし、相手が上手なえを描いていても上手ということができない。面白いキャラクターやシーンを描いていても、ぼくには理解することができないんです。
最近、盲学校でも美術部があり、視覚障害者で美術が好きな人が活動していますが、絵の分野ではなく、粘土で何かを作るとか、何か工作をしたものがほとんどです。
少なくとも、ネットに上がっているような、スマホで描かれたもの、写真は理解することができないんです。
よくよく考えてみると、それはぼくが楽しめるコンテンツが他の人より少ないということを表しています。
もし、自分の描いた絵に自信を持てない人がいたとしても、ぼくは彼らを励ますことができない。そんなことを考えてしまったんです。

そういえば、聴覚に障がいを持つ人から似たようなことを言われたことがある

この話を思い出した時に、聴覚障害を持つ知り合いから言われたことがあります。
「直也の仕事、一度聞きたかった」
その子はぼくが声優を始める前からの知り合いで、当時まだ聴力がありました。
ですが、ぼくが声優活動を始める直前に聴力を失ってしまったんです。だから、ぼくの声を知っていて、本気で声の活動をしているときの僕の声を聞きたかったらしいんです。
その子は連絡先も変わっていましたし、正直余命宣告もされていて、連絡がつかないですが、声の活動をしていた自分にとってすごく衝撃だったことを覚えています。

作家活動を始めて広がった可能性

それから時はたち、その子以外に聴覚障害を持つ知り合いが増えました。
そのうちの一人に作家デビューの話をしたところ、ものすごく喜んでくれました。そのときに考えたんです。小説みたいな文章だったら、今まで届けられなかった聴覚障害者の人にもぼくの活動を届けられる。
文字という手段はこんなに万能だったことを知りました。
このブログだって、視覚障害者は読み上げで、それ以外の人は目で見ているはずです。
このことに気づいたので、文字での発信は今後も継続していきたいです。
ぼくの思いや意見、すべての可能性が一人でも多くの人に届きますように。
そして、これを見ているみなさん。いつか、ぼくも絵を見たいです。絵の感想を言いたいです。何かアイデアがあれば、ぜひ発信してください。ぼくも乗りに行きます。
最後まで読んでくださりありがとうございました。

連絡先

twitter:noy_0207
mail:naoyaoffice@gmail.com

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