最初は毎日やらなくていい

みなさんは、毎日続けていることはありますか?
もしくは、毎日やろうと思ったことはありますか?
今日は習慣のお話。
こんにちは。
目には見えない感情を読み取り、伝える
マルチプレイヤーの北村直也です。
私は、昨年Twitterでの出会いをきっかけに、
「フリーランス」 「ライター」 「ブロガー」
という職業を知りました。一部職業ではないかもしれませんが。
その方々を見て抱いた印象は、
「文章がしっかりしている」
「わかりやすくて面白い」
「毎日更新している人もいる」
でした。
やっぱり、それなりの成果を残すには、毎日やることが大事なんだと、この目で見て感じたわけです。
で、じゃあ、自分でもブログやってみようかなと思い立ち、ブログを開設。
なんとか記事を書き続け、アドセンスの審査にも通りました。
「よし!これからアクセス数増やすぞ!!」
と意気込んで執筆開始!!
……記事一覧を見ていただければおわかりのとおり、毎日どころか、続いてもせいぜい三日ぐらい、途切れたら1か月以上開くのが当たり前でした。
そんな状況だからか、PV数はいまだに上がっていません。もちろんそれだけではないと思いますが、1年経った今もとくに変化はないです。
そう、典型的な「三日ボーズ」パタンですね(´;ω;`)
それ以外にも勉強・ライブ配信・ストレッチなど。
なにか続けようと思っては、だいたい続いても1週間程度しか続かなかったんです。
で、続かないとですね、当然ながら自分の中では、「これは優先順位が低いんだな」と思うようになり、気づけばやらなくなります。
ところが、SNSなどを使っていると、やろうと思っていたころの記憶がよみがえるのです。
というわけで、何か月かぶりにやり始めるということを繰り返すわけです。
で、あるとき、友人であり、シンガーソングライターのぐっきーさんが書くブログを見ていて思ったんです。
https://www.mirai-pictures-academy.jp/author/ken-nakaguki/
彼はブログを細かく更新していますが、文字数が本当にバラバラなんです。
つまり、言い方があれですが、しっかり書こうと思っていないんですよね。
それは文章からもわかるように、彼のキャラクター全開なのです。
それでも、彼が言いたいことはびっくりするぐらい伝わってくるんです。
そこから考えると、別にしっかりやろうとか、1記事何文字書こうなんて思わなくていい。とくに自分のブログですからね。
配信だって1日1時間を毎日やらなければいけないという決まりもないし、
勉強だってもちろん目標を決めることは大事なのですが、いいときも悪いときもあるのだから、長期的に見ればよかったわけです。
私のTwitterを見ていただければわかるかと思いますが、別にTwitterをしっかりやろうなんて思っていません。日常だって書くし、くだらないことだって言います。本当に、情報だったりためになることをつぶやいてるのなんて1週間で数えられるほどだと思います。
だから毎日続けられるのかななんて思います。
Twitterの場合は、必ずあさおきたらと、夜寝る前にはチェックしますが、それ以外にも見てるときはあります。
効果的に24時間を使うためにスケジュールをたてるのは大事なことで、
時間でやることを決めるのは一つの方法です。
それでも、スケジュールが狂ったから何もできなくなるとか、
進まないからもうやりたくない
と思うぐらいなら、しっかりやろうとせずに続けていくのが最初だと思いました。
ということで今日の結論。
毎日しっかりやろうと思わない。
続けつつ、本気を出す時を増やしながら習慣にするのが大事。
では。

人の事言えないのに言っていた話

「お前だって人の事言えなかっただろ」
と、過去の自分に突っ込みたくなるときッてありませんか?
今日はそんなお話。

こんにちは。
目には見えない感情を読み取り、伝える
マルチプレイヤーの北村直也です。

さて、みなさんは、自分の人生はしっかり流れていて1本田の線だと思いますか?
それとも、矛盾とか迷いばかりでごちゃごちゃになっていますか?

私は、まあ、Twitterのプロフィールに書いてある通り、それはもうめちゃくちゃでして(笑)
何一つ1本道で進まなかったです。
ですが、やっとつながり始めたのかな?なんて思っています。

で、そんなとき。
年下の知り合いが多いせいか、相談をされることが多い私。
ですが、その内容よりも、彼らの行動にたいして、そんなんじゃだめだよって思うときが多々あるんです。
マナーとか、心意気とか、技術的にも。

で、その場ではきつく言ってしまうこともあるんですが、後々、
「あ、数年前の俺も同じように怒られたなあ」
と、しみじみ思い返すわけです。
そう、
「お前もそうだっただろ」
と言われたら、もう黙るしかないんじゃこれ……てほどに。

それで思いました。
結局、最初から完璧なひとなんていないし、みんな先輩や師匠や他の大人たちに指摘されて育っているわけです。
で、力がついてきて下を見始めたとき、そのころの自分なんか忘れてきつく言ってしまうのかな、と。

もし、同じ経験をしていたのであれば、相手の気持ちがわかるわけで、それを生かしていきたいですよね。
甘くなれということではありませんが、少なくとも飴と鞭の使い分けの重要さが、そこでやっとわかってくる気がします。
というわけで、
後輩たちには人のことは言えないような指摘もしていきますが(w)、彼らの目線でアドバイスできるように、これから気分を入れ替えていこうと思った私なのでした。

ぜひ、思いやりある世の中をみんなで作っていきましょう。
では。

私は今までもこれからもダジャレを投下し続ける






みなさんこんにちは、盲目のマルチプレイヤーにして、スベリアの直也です。
私のtwitterのフォロワーさんなら、「スベリア」というワードはなじみがあるかもしれません。
そう、私は日々twitterでダジャレを投下していますが、
そのダジャレが寒すぎて、後輩から、
「シベリアより寒い」
と言われたことがきっかけで、
「シベリアより寒くて滑る=スベリア」
という称号を私が作りましたw

いやあ、最初は笑ってほしくてダジャレ言ってたんですが、自分はスベリアだと割り切るようになってから、滑るのが怖くなくなりました。
もちろん、笑ってもらえることにこしたことはないですが、これはこれで私の一つの姿なのかなと思っています。

で、なぜ私がこりなくダジャレをツイートするのか?ということには二つの理由があります。
一つ目は、キャラづくりのためです。
もちろん、「おやじギャグ」と言ったりするぐらいですから、ダジャレは中年のおじさんが言うイメージが強いかと思います。
ですが、年齢にとらわれないやり方も大事なのかなと。
実際、私がダジャレを言うと、
「おやじかよ」
「若いのに」
「おやじになるよ」
などなど、それはもう冷たい返しが来ることもあります。
でもですね、それを言ってくるのはぼくの年上ばかりだし、単純に質の問題なのかなと。
つまり、高度なダジャレを言えばいいのかなと。
そして、定期的にダジャレをツイートすることによって、twitterでは滑ってるけど面白がってもらえていますし、ライブ配信では愛のある冷たいコメントをいただいていますw
少しずつキャラが確立されていますね。

もう一つは、面白さの基準って人それぞれで、スベリアのきっかけとなる「シベリアより寒い」というリプがきたのと同じダジャレを違う人に言ったところ、
それはもう爆笑してくれてですね。
笑ってくれる人がいて、私自身言葉についての文字の並びとかを気にするタイプなので、生かしていきたいなあと。

ということなんですが、この記事で、
「私はスベリアです。理由はこうです」
ということを伝えたいわけではなくて、
「ネガティブなことでも認めればブランドになる」
ということです。
もし、私が、冷たい返事ばかり着てダジャレを言うのをやめていたら、今のスベリアな私はないわけです。
これはなかなか大きくて、笑ってくれている人にたいするネタがなくなるし、ライブ配信のトーク力も変わってきたと思います。
でも、逆に滑るのを面白がって続けてきたことによりスベリアはブランドになりました。
よく、「コンプレックスは差別化の種になる」
という人がいます。
それは間違っていないと思っていて、
もちろん転載はすごいですが、
下から這い上がってきた人を、みんな応援したくなるものです。
だからこそ、「人と比べて違うところ」はうまくやればネタになるのです。
その昔、クラスの中心にいる人たちがすこし間違えたり、ふざけたことをして笑いが起きるシーンがありました。それも、ばかにするとかではなく、愛のある笑いです。
しかし、私が同じことをしても静かになるか、ヤジが飛ぶだけです。
だからこそ、話せば反感を買う自分が嫌いでした。
それでも、私は今人前で話すことが多いです。
それは、滑ることを怖がらず、逆に愛だと思えるようになったことで変わったのかなと。

というわけで、私は滑るダジャレを極めるのか、それとも滑りまくりだった私が滑らないネタを身に着けるのか、
今後の道はまだ決まっていませんが、これからもダジャレは定期的に投下していきます。
ぜひ、スルー以外の対応を引き続きよろしくおねがいいたします。
ではでは。